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TV番組【なんでも鑑定団】で紹介された古文書

豊臣秀吉から秀政に宛てた手紙


堀秀政(1553〜1590):
元々織田信長に仕え近江2万石を領す。1573年越前の一向一揆、1577年紀伊の雑賀一気を討伐、1579年には荒木村重を討ち若狭小浜城主となる。
本能寺の変の後は秀吉に与し、山崎の戦いでは先鋒となり、清洲会議では三法師(信長の子)の守り役になり、近江佐和山城主となる。
後に秀吉に臣従し羽柴性を与えられ、賤ヶ岳の合戦や小牧長久手の戦いなどに侍従し、1985年越前北の庄18万850石を領す。
合戦だけでなく統治やあらゆる能力に優れていた為、「名人久太郎」の呼び名もあった。
1590年の小田原の陣の滞陣中に38歳の若さで病没。
秀吉は天下統一の後は堀に関八州を治めさせるつもりであったので、その死を特に悲しんだと言われる。

「羽柴北庄侍従」、「掘太郎左衛門」、「堀久太郎」のいずれも堀秀政のことである。

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目録(写真をクリックすると大画面と書状詳細に切り替わります)
年未詳六月七日
津田宗及(久)宛羽柴筑前守秀吉判物

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年未詳九月五日
掘太郎左衛門ほか二名宛豊臣秀吉朱印状

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年未詳二月朔日
堀太郎左衛門尉宛豊臣秀吉朱印状

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年未詳十月朔日
羽柴北庄侍従宛豊臣秀吉朱印状

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年未詳(幕末)六月十五日
堀新左衛門宛堀石見守親義(信濃国飯田藩主)書状

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